映画『廻り神楽』監督インタビュー
【盛岡ルミエール 12/16より公開】
(16日、17日は監督&ゲストのトークショーなどがあります。)
先日、友人で映画『廻り神楽』監督である大澤未来さんにお話をお伺いいたしました。
その様子をアップしました。
私なりの映画評的なものをを下記にアップしました。
ご参考にしていただければ幸いです。
東京での上映も決まっています。
岩手の映画を地元盛岡から盛り上げていきましょう(^◇^)
喜雲寺 副住職 佐々木秀吾
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私たちの人生には、「変えようと思っても変えることができないこと」があります。
仏教では、それを「苦」と呼びます。
東日本大震災では、沿岸部の多くの人が、人知を超えた「苦」を経験しました。
それでも、その場所で生きていく。「苦」と共に、生きていく。
映画「廻り神楽」はそんな地域の力強い人の姿を描いています。
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人間は、自分の人生をコントロールしようとします。また、自分の力で自分の人生を変えることが出来ると思っています。高度に成長した現代社会では、より効率的に、よりビジネスライクに物事を捉えることが幸せにつながると思われていますし、そう思っている人は少なくありません。
仏教では、そういった考え方に警鐘を鳴らしています。
世の中には、「変えることができること」と「変えることができないこと」があることを説いているからです。
様々な技術が私たちの生活を便利で幸せにしてくれることは否定しませんし、新たなメソッドやテクニックを手にすることで、より良い暮らしが手に入ることもあるでしょう。しかし、それでは、「なぜ、私たちは生まれてきたのか?」「なぜ、私は死ななければならないのか?」という人生の問題には答えることが出来ません。
なぜならば、そういった問題は、私たちが努力したり、科学技術が発展することで答えが見つかるような問題ではないからなのです。問題が難しいから答えが見つからないのではなく、根本的に答えがない問題だからなのです。
これを仏教では「苦」と呼んでいます。
「思い通りにいかないこと」「コントロールができないこと」「変えることが出来ないこと」が「苦」なのです。 その「苦」を受け入れ、「苦」と共に生きる覚悟を仏教では説いているのです。
黒森神楽をめぐる地域は、そんな「苦」を受け入れながら生きている地域なのかもしれません。東日本大震災やそれ以前にあった大津波を経験した沿岸の地域では、不条理で人知を超えた「苦」がありました。
「なぜ、今この場所で津波が起こらなければならなかったのか?」「なぜ、自分ではなく、あの人が津波にのみこまれなくてはいけなかったのか?」
時間が流れ、季節を巡る中で、廻り神楽が春を告げます。人知を越えたあらゆる恵の象徴として…
悲しみも喜びも受け入れながら生きる人たちの姿がそこにはあります。
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